建築家 / Architect光井純 / Jun Mitsui

光井純&アソシエーツ建築設計事務所 代表,
ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパン 代表,

米国建築家協会(AIA)会員、日本建築学会会員(AIJ)
米国建築家協会(AIA)日本支部代表

Principal of Jun Mitsui & Associates Inc. Architects
And Pelli Clarke Pelli Architects Japan, Inc.

1978年に東京大学建築学科を卒業、日本で4年間の実務を経た後、82年よりイェール大学大学院に進学。84年にAIA(米国建築家協会)から学生賞およびH.I.フェルドマン賞(最優秀作品賞)を受賞し修了。84年よりシーザーペリ&アソシエイツ(米国)にてシニアアソシエーツとして92年まで勤務し、NTT新宿本社ビル(東京)、シーホークホテル&リゾート(福岡)を担当。92年からシーザーペリ&アソシエーツ・ジャパン代表となる。2006年米国の社名変更に伴い、ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパンに社名変更。現在は光井純&アソシエーツ建築設計事務所の代表と兼務し、クライアントとの打ち合わせをはじめペリ事務所の日本におけるすべてのプロジェクトの総括を行っている。

History & Philosophy

イエール大の大学院時代に師であるシーザー・ペリと出会い、1980年代のアメリカのポストモダン建築をペリ事務所で目の当たりにしたことが、私自身の設計活動の礎となった。縁あって、日本事務所を開設し、自分自身の事務所の開設に至ったのは、シーザー・ペリとの出会いが全ての始まりである。

建築デザインの目的は何であるのか――
それは街をより楽しく魅力的にし、そこで暮らす人々に喜びと安心を与えることである。これは、師であるシーザー・ペリの"デザイン オン レスポンス"という理念を基に、彼から受けた建築教育やこれまでのコラボレーションによって導き出された私なりの答えである。デザイン オン レスポンスとは、建築を「モノ」としてではなく、文化の一部、そして、優れた街並みの一部となって街と共に成長する、あたかも生き物のように捉えてデザインすることである。この考え方を受け継いで、敷地をとりまく自然環境、街並み、文化、歴史、そして建物に関わる人々、その他多くの設計条件に対して、的確なレスポンス[応答]を行いながら設計を進めていくことを大切にしている。シーザー・ペリがイーロ・サーリネンからデザインの哲学を受け継いだように、私もペリの哲学を受け継いで、私なりに展開、発展させて次の世代へと受け継いでいきたいと考えている。そして何世代にもわたって継続的に街づくりと建築作りに関わることが、我々建築家の使命だと考えている。

近年は国外でも多くの仕事に関わる機会が増えてきているが、文化や伝統の枠を超えて、人々が幸福だと感じる基本的な用件にはそれほど違いがないことが見えてきた。豊かで美しい自然、賑わいのある街、安全で豊かな表情を持った街と建築は、国境と世代を超えて普遍の価値を持ち続けることができる。私たちは街と建築作りの専門家として、最大限の努力を持ってクライアントと社会の期待に応え続けてゆきたいと思っている。

シーザー・ペリ 略歴

1926年アルゼンチン生まれ。49年ツクマン国立大学建築学科卒業。54-64年イーロサーリネン事務所勤務。ケネディ国際空港のTWAターミナルなどを担当。68-76年グルーエンアソシエーツにおいて、ウイーン国連本部、在日アメリカ大使館などを担当。77年イェール大学建築学部長に就任し、シーザーペリ&アソシエーツを開設。現在は社名を変更し、ペリ クラーク ペリ アーキテクツ 代表,米国建築家協会特別会員(FAIA),日本建築学会会員(AIJ)建築は社会という外部からの必要に応じて創造される、という"Design on Responce"の考え方がペリのデザイン哲学である。地域の伝統や特質を尊重し、理解した上で場所の持つ固有な性質をより一層引き出すことがその理念である。

(c) Jun Mitsui & Associates Inc. Architects|Pelli Clarke Pelli Architects Japan, Inc.