Jun Mitsui & Associates Inc. Architects|Pelli Clarke Pelli Architects Japan, Inc.

News

News22/07/2019


【訃報】シーザー・ペリ逝去のお知らせ

ペリ クラーク ペリ アーキテクツ(アメリカコネチカット州)の創立者の一人でシニアプリンシパルを務めると同時に、ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパン(東京都品川区)の共同代表であるシーザー・ペリが、去る2019年7月19日正午(現地時間)に永眠いたしました。
ここに生前のご厚誼に深く感謝するとともに謹んでお知らせ申し上げます。

また、誠に勝手ながら、ご弔問ならびにご弔電、ご香典、ご供花、ご供物等は、固くご辞退を申し上げます。日本での葬儀等を行う予定はございませんが、後日「シーザー・ペリを回顧する会(仮称)」を都内で執り行う予定です。日時・場所等の詳細は未定ですが、詳細が決まり次第、改めてお知らせいたします。

以上

米国サイト公式リリースは下記をご参照ください。
https://pcparch.com/cesar-pelli-1926-2019/
https://pcparch.com/tribute/

ペリ クラーク ペリ アーキテクツ
シニアプリンシパル フレッド・クラーク
ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパン
代表取締役 光井 純


【ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパン 代表取締役 光井 純より御挨拶】
シーザー・ペリは米国ニューヘイブンにおいて、2019年7月19日正午(現地時間)にその92年間の生涯を、家族に見守られながら大変静かにそして幸福に閉じました。大変素晴らしい人生であったと思います。2人のお子さん、そして2人のお孫さんにも恵まれ、同時に彼の建築家としての仕事は、世界中で高い評価を得ました。彼は大変多くの建築やマスタープランの仕事に関わってきましたが、日本においても特筆すべき沢山の仕事に関わることができたことは、ひとえに皆様のご支援の賜物であると存じております。

シーザー・ペリと日本との関わりは在日アメリカ大使館の設計から始まり、多くの仕事に関わってまいりました。特にNTT新宿本社ビルとヒルトン福岡シーホーク(旧シーホーク ホテル&リゾート)は、彼が日本で本格的に仕事を始める大きなきっかけとなりました。シーザー・ペリが下記のように日本において、数多くの仕事に関わってくれたことに対して深く感謝しています。

在日アメリカ大使館
関西国際空港コンペ提案
広島放射線影響センター提案
福岡シーホークホテル
NTT新宿本社ビル
大阪国立国際美術館
大阪NHK放送会館・歴史博物館
愛宕グリーンヒルズ
葉山生産性国際交流センター
倉吉パークスクエア
琵琶湖ホテル
羽田空港第二ターミナル・国際線ターミナル
日本橋三井タワー・日本橋室町三井タワー
中之島三井ビルディング
阿南合同庁舎提案
九州大学マスタープラン・工学部棟・理学部棟
高松合同庁舎
淀屋橋ビルディング
東京アメリカンクラブ
アークヒルズ仙石山森タワー
あべのハルカス

シーザー・ペリはアルゼンチン、ツクマンで生まれた後、アメリカのイリノイ大学で学び、イーロ・サーリネン事務所にて勤務した後、グルーエン事務所の設計パートナーを務めました。1977年から1984年までイェール大学建築学部の学部長に就任し、同年1977年に自身の事務所を設立しました。そして多くの優れた建築デザインを手がけると同時に、多くの優秀な学生を輩出しました。彼は教育者として、その考え方を『Observations for Young Architects』にまとめています。

シーザー・ペリが建築や街をデザインするにあたり、生涯にわたって大事にしてきたことは、個々の建築のデザインは、より良い街全体を実現するための一助になって初めて意味がある、ということであったと思います。彼はどのような仕事においても、常にそれぞれの都市の歴史、文化、経済、人々の誇りの中に建築デザインを位置付けてきました。そして建築家にとっては“judgement”、すなわちそれぞれの場面において、最適な判断ができる技量を持つことが重要であると常に語っていました。

ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパンは彼のデザイン哲学を新たに再確認し、事務所の総力を挙げてそれぞれの場所に最適なデザインを提供し続けたいと思っています。
これからも皆様の益々のご支援ご鞭撻をお願い申し上げます。

ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパン
代表取締役 光井 純


【本件に対するお問い合わせ先】
ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパン
広報担当宛
contact@jma.co.jp
TEL:03-3491-0417
※光井純ご挨拶文に記載された作品名は、正式名称と一部異なる箇所がございますが、執筆者の原文を尊重してそのままとしました。