今回のレポートは、スタッフ田部よりお送りします。
オリンピックを機に、拡大が期待されるインバウンド事業により、リニアモーターカーの導入や駅の改修など、今後トランスポーテーションを取り巻く環境は大きく変わってゆくと予想されます。
今回、世界の先進的なトランスポーテーションの機能とその街づくりを視察してきました。(視察は2019年の夏に行っています)
ヨーロッパでは駅を中心としたまちづくりをTODM (Transit Oriented Development and Managementの略)と呼び、脱車社会を中心とした「環境問題」への先進的な取り組みを行っています。今回の視察場所は特に新しい取り組みを行っている、イギリス・オランダを選びました。
また、駅と機能的に似ていることから、前回のスペイン視察に引き続いて、空港施設の視察も行いました。
■ロンドンの駅舎の背景に関して
イギリスの鉄道は、1962年頃に分割民営化されたイギリス国鉄(British Rail)と、複数の民営会社(National Rail)によって運行されており、その歴史や自動車より電車の利用者が多い点が日本と共通しています。その一方で、日本のJRが車両、線路、駅を保有し乗務員や駅員を雇う「上下一体」の民営化であるのに対し、イギリスでは「上下分離」方式が採用されています。つまり、線路や駅などの鉄道インフラは国有機関(Network Rail)が保有し、列車の運行は鉄道運行会社が行うため、駅は国や行政により開発されるケースが多いです。またイギリスでは、「鉄道+不動産」という考え方から、駅だけでなく、住宅やオフィス、レストランや買い物、スポーツやエンターテイメントなど、人が集まり交流する場を推進し、地域の再生と発展に貢献しています。そして2019年からクロスレールの運用も始まり、新たな駅の形へとさらに進化しています。
キングス・クロス駅/ロンドン
2012年夏のロンドンオリンピック開催目前に完成した、「キングス・クロス駅」再開発プロジェクトはロンドンを拠点に活躍する建築事務所、JohnMcaslan + Partners が手がけたものです。
昔のレンガでできた駅舎と、真っ白な斜格子の構造体によるアトリウム空間の対比は一度来たら忘れられない光景です。この駅でもうひとつ有名なのは、ハリーポッターに出てくる9と3/4番線です。映画のモデルになった場所ということもあり、観光スポットになっています。私もやってみようかと思いましたが、長蛇の列で諦めました。
もともとこの土地には、運河が流れており、1830年頃から発展し、1904年には鉄道が整備され、さらなるトランスポーテーションの結節点として発展しました。
1900年代後半から治安が悪化し、一時はロンドンの中でも治安の悪い一体となりますが、2012年のロンドンオリンピックをきっかけにキングス・クロス駅の改修とその周辺の開発が行われました。
この開発の一番の特徴は、ロンドンオリンピックが終わったいまもなお続いているという事です。最終的には駅周辺の271,140㎡におよぶ広大な土地にオフィスや小売店、ギャラリー、学校、そして2,000 戸の住宅が建設される予定です。
現在はGoogle、Facebookの本社ビルの工事が進行中で、この2社の本社ビルが計画されていることからも、開発地一帯がロンドンの中で重要視されていることが分かります。
開発の一部である、Thomas Heatherwickによるデザインの複合施設、「コーラル・ドロップス・ヤード(Coal Drops Yard)」に行ってみると、1F,2Fはすでに商業施設としてオープンしており、賑わっていました。
この施設はもともと、1800年代前半に「石炭(Coal)」が運び込まれ、倉庫として使用されており、「コーラル・ドロップス・ヤード(Coal Drops Yard)」の名前の由来もここから来ています。
1980年代には、ナイトクラブとして利用され、去年の秋に、現在の姿に生まれ変わりました。3階は内装工事中で、今後Samsungのオフィスとして使用される予定です。
また、中庭に置かれている家具や植栽は全て可動仕様のものが使われており、季節やイベントごとに入れ替えるものと思われます。
コーラル・ドロップス・ヤードの東側にはデザインの専門学校があります。この学校も開発の大きな核の一つです。校舎は旧駅舎を利用して作られ、線路をペイブメント(歩道)の一部としてそのまま利用しています。線路に導かれるように建物内に入ると、大きなアトリウム空間には誰でも遊べる卓球台が置かれていました。
また、広場に面したアートギャラリーでは、専門学校の学生や地域のアーティストによる展示を行っており、訪れた際にも写真展が行われていました。
開発の一番の魅力は何と言っても外部空間です。中央に運河が流れており、東西に広がるこの開発では、“水”がとても効果的に使用されていました。
キングス・クロス地区を東西に流れる運河に向かって階段状になっているGranary Squareは多くの人々で賑わっていました。私が訪れた時は、テニスのウィンブルドン選手権のパブリックビューイングが行われていました。
日本のパブリックビューイングとは違い大きく間口が開かれており、誰でも気軽に参加できる不思議な雰囲気でした。私は日本でもパブリックビューイングに参加したことがなかったのに、ここでデビューしました!
Granary Squareに隣接した噴水エリアでは、昼間は子供たちがびしょ濡れになるまで遊んでいました。一方で夜間は噴水の高さが高くなり、同じ噴水でも遊ぶための噴水から見るための噴水へと変わります。
またヨーロピアン木漏れ日ガーデン(名前がわからなかったので勝手に命名しました)では、日本ではあまり見たことのない木と植え方をしていました。ヨーロピアンな庭園のようですが、モダンに解釈しているようです。
運河対岸にあるオフィスエリアには、ビルとビルの間の高低差を活かした魅力的な滞在空間が広がり、木陰、日向、水のせせらぎによって、緩やかに空間が仕切られていました。
オフィスには、GoogleやYouTubeなどの企業が入っており、さまざまなアイディアがクロッシングしそうなこの場所には、テイクアウトのお店も立ち並び、お昼ご飯を食べる人たちが大勢いました。
一方で、住宅エリアの奥にあるHandyside Gardensは、住民のための静かな広場でした。広場に至る動線も、広く開かれているというよりは、賑わいのある通路より高く設けられ、入り口のペイブメント(歩道)が細くなり、目的を持った人しか訪れないような工夫がされていました。
カナリワーフとクロスレールプレイス/ロンドン
ロンドンには他にも魅力的な外部空間がたくさんありました。カナリワーフ駅周辺は金融系の本社ビルが多く立ち並び、スーツを着たビジネスマンが多く働いています。日本でいう大手町・丸の内界隈のイメージに近いです。
ちょうどお昼休みに行ってみると、ビジネスマンが外でご飯を食べていたり、芝生の上ではクリケットのパブリックビューイングが行われていました。日本ではあまりメジャーではないクリケット。しかし、競技人口が世界2位と、世界的にはかなりメジャーなスポーツだそうです。なんとこの海外視察で人生2回目のパブリックビューイングの機会を得ました。
ほかにもたくさんの居心地の良さそうな場所があり、一人で、仲間と、またはミーティングに利用するなど、様々なシーンが見られました。
カナリワーフ駅は1988年にノーマンフォスターによって、心地よく外部空間に溶け込むようデザインされています。
このカナリワーフ地区には、今後ロンドン市内外を新幹線でつなぐ計画(クロスレールプレイス)が進んでおり、その駅がクロスレールプレイスです。2019年6月に運転開始とインターネットには情報がありましたが、私が行った7月時点ではまだ運転は行われておらず、残念…
ただ、施設自体はすでにオープンしていました。建物は運河上に建っており、大型船が停泊しているかの様にも見えます。こちらも、ノーマンフォスターによるデザインです。
木の斜格子の中には、ETFE膜が張られています。ETFE膜は今回の駅や空港の視察で多く見られ、ヨーロッパではメジャーな外装材の一つとして使用されていました。
日本ではETFE膜のみを外装材として使用することはできませんが、将来的に使用できればデザインの幅が広がるかもしれません。ガラスの透過性を持ちながらも重量は軽量なため、構造もシンプルになり、膜には自由にプリントでき、意匠性も優れています。
クロスレールプレイスの一番上の階は植物園となっていました。植物園はゾーンごとにコンセプトがあり、様々な植栽が植えられていました。一人で過ごす場所や仲間と過ごせる場所が、竹などの植栽で作り込まれており、心地がいいです。
少しステージ状になっているところがあり、ここではイベントを行うのかと思っていると、途中、園児たちが散歩しにやってきました。
これだけこだわって作られている施設なので、もっと知りたい!という人のためのガイドの機械もあります。テキストを印刷してくれるのですが、なんと1分、3分、5分と、テキストの量までも調節してくれるのでありがたいです(笑)
構造は木の斜格子となっており、接合部のみ、スチールで補強されていました。シンプルな構造ながら、このボタニカルなガーデンにとてもマッチしており、木の線材が強く印象に残るようなデザインでした。
ロンドンブリッジ駅/ロンドン
ロンドンブリッジは世界で最も古い駅の1つであり、ロンドンで4番目に 乗降客数の多いターミナルでもあります。ここ数年来大規模な改築工事のため閉鎖されていましたが、2016年8月末、一部が再オープンしました。 改築工事は全て、2009年から続く「テムズリンク・ プログラム」という国を挙げた一大事業の一環として行われています。 ロンドンブリッジもキングス・クロス同様、駅周辺も一 体的に開発され、8,547㎡ の小売スペースが新設し、食品やファッション、美容やギフト関連の店舗が並びます。デザインはGrimshaw Architectsによるもので、上下左右と街をつなぎ、木ルーバーで統一された駅は、意匠を凝らす造りでした。
コンコースには、人の座るスペースがたくさんあるのに対し、ホームにはほとんど座るスペースがなく、日本とは逆でした。日本は、◯番線は〇〇行きなど、ある程度決まっていますが、ロンドンでは発車時間が近くならないと、何番線に自分の乗りたい電車が来るかわかりません。まるで空港みたいです。そのため、改札内外に大きな電光掲示板があり、ラチ外の公共施設も充実しています。
また、ロンドンブリッジ駅は非常に由緒ある駅で、その歴史を紹介するレリーフがありました。
ホームからは、駅に直結して建つオフィスビル、The Shardが見えます。The Shardはシャングリラホテルが入り、屋上が展望台になっているため、ロンドンブリッジ駅の新しい観光スポットとなっています。デザインはイタリアの建築家レンゾ・ピアノによるものです。
隣接する場所に新たに建設されているマンションも、デザインはレンゾ・ピアノ。建物の名前は彼の名前にちなんで、The SHARD -R.Pianoでした。
ロンドンの駅を中心とした新しい開発では、駅をフラッグシップとし周囲を巻き込んだ魅力的な街づくりが行われていました。次回後半では、ロンドンとは違った魅力を持つオランダの鉄道と空港事情についてレポートします。お楽しみに!
→後半はこちら